吹奏楽との出会い




僕が吹奏楽を始めた理由は、
偶然が重なり合った、かなりアホなものだった・・・。


小学校時代僕の音楽の成績は一番下で、
笛を吹いてもそれこそいつも現代音楽のような不可解なメロディばかり奏でていた。
(緻密に計算して・・・ではなく、単に間違えてるだけ・・・。)
いつも音楽の先生に怒鳴られ・・・・という辛い日々を過ごしていた。

しかしDQの音楽に関しては別で、
ピアニカなどを使って、読めもしない譜面とにらめっこしながら
ある意味器用にメロディを奏でていた。

この時、「遥かなる旅路」「勇者の挑戦」
「そして伝説へ」の調の違いに気付き、移調のというものを知ることとなった。
「どうして移調されるのか」という疑問が、僕の音楽理論を始めるきっかけとなった。


そして中学に入学し、部活を決めなければならない時が来た。
僕は当初美術部に入ろうと思っていたのだが、(絵が好きだったので)
仮入部の時に部室を訪れた際、顧問のあまりにも厳つい形相に驚愕し、
すぐに戸を閉めてしまった・・・・。

これによって美術部、そして美術の道は断念・・・。
友達の「茶菓子が食えるらしいぞ!」という言葉にのり訪れた茶道部でも、
「冷やかしに来るな!」と怒鳴られ失敗し、
「ジュースが出る!」と聞き行ってみた華道部では、
友達の「ラフレシアとかは無いの?」という言葉に顧問が憤慨し追い出される始末・・・。
何も決まらず途方に暮れていたのだが、 「とりあえず楽だし」という何とも安易な理由で、
うちのクラスの担任が顧問を務める「穀物研究部」という何とも奇怪な部に、
友達もろとも入部してしまった・・・・。

しかし穀物への研究心など全く無かったので、1度顔を出したものの、
「ドラゴンボール」の再放送の魅力に負け、この後顔を出すことは無かった・・・。
そのまま、仮入部期間中に退部届を提出した。


そして仮入部期間があと2〜3日で終了という時期に、
「帰宅部になろう」と、もう部活への意欲をすっかり無くしていた僕は、
その日、音楽の授業で音楽室に笛を忘れてきたのに気付き、仕方なく音楽室へと向かった。

するとそこでは、なにやら楽器を持った生徒達が沢山集まり各々に楽器を鳴らしていた。
「何してんだ?」と心で思いつつも「ま、そんなことはどうでもいいや」と、笛探しを続けた。

しかしそこに3年生と思われる2人の男が現れ、
何の前触れもなくいきなり、「パーカッション(打楽器)はいいよ!」と話かけてきた。

「何言ってんだこいつ?その前に、パーカッションってなんだよ?」と心に思うも声には出さず、
適当に聞き流して帰ろうかと思ったのだが、知らないことを放ってはおけない性分なので、
とりあえずその奇怪な言葉の意味を尋ねようと、「パーカッションってなんですか?」と言葉を返したつもりが、

「そういうの分からないんですよ。」

と、なんとも曖昧な返答をしてしまった。
そして案の定上級生達には、「こいつは入部したいんだな?」と、いいように解釈。

「大丈夫!最初はみんなわからないから!」と、半ば強引に練習部屋へと連行された。

その後済崩し的に事は進み、 気付いたら僕はスネアのスティックを持たされ、
いつのまにかパーカッションの練習に参加させられていた。

もう今更やめるとも言えず、
こうなったらしょうがないか・・・と、これまた適当な理由で入部を決意。
それと同時に入部届を出してしまったのだ。

そして更に最悪なことに、入部届を出した後先輩が、

「あ、夏休みは大会に出るから殆どないと思ってね。」

と、さらっと言ってのけた・・・・。

たいかい?たいかいってなんだ!?退会ならすぐにでもするぞ???
しかしもちろん「退会」ではなく「大会」のこと。
毎年夏に行われる、全日本吹奏楽連盟が主催する「吹奏楽コンクール」のことだ。
このコンクールのために、どうやら夏休みは毎日練習があるらしい・・・。

先輩、こういうことは出す前に言ってくれ・・・・。

そして、音感のまるで無かった僕がこの夏に地獄を体験するのは言うまでもない・・・。


「イヤならやめればいいのに!」とよく言われたのだが、
鬼のような顧問にそんなことを云いに行く勇気などある訳無いし、
無断でやめても60人もいる部故、クラスにも何人もいるため、すぐにばれてしまうのだ。
あの頃はある意味監獄のような状態だった・・・。

まぁ、それによって楽しみが見つけられた訳で今となっては感謝しているが・・・。

吹奏楽コンクール
初めて出演した吹奏楽コンクールの写真。(チャンス作曲「呪文と踊り」を演奏。)


そして3年生になったある日、せっかくの思い出にと、 顧問にDQの曲を演奏してくれ頼んだところ、

「お前が吹奏楽にアレンジすればやってやるよ。」と言われたのだ。

これはもちろん著作権上いけないことなのだが、
当時の僕はそんなこと知る訳もないし、
顧問も、「そんなこと出来る訳無いだろう」と軽く考えていたのだろう。

しかし僕はDQの為なら努力は惜しまない。
図書館などで楽器の知識や譜面の読み方などを身につけ、
2ヶ月かけて「戦闘のテーマ〜アレフガルドにて〜勇者の挑戦」を吹奏楽にアレンジした。
(こんな難しい曲、僕らのレベル演奏出来るわけないのだが・・・・)

しかし先生は、
「これだけじゃなく、各楽器の奏者が見るパート譜も必要だろ!」と、
あとになってすごい事を言ってきたのだ・・・。

60人近くいる部員一人一人に渡す譜面だ。
スコアだけで2ヶ月もかかったのにスコアをみながら一つ一つ抜いていく作業など、
楽譜作成ソフトもないこのときにすぐに出来るはずがない。
しかも演奏会はあと2週間・・・・
練習期間のことも考えると絶対に無理な話なのだった・・・。

先生、そういうことは先に言って下さいよ・・・・。

それで結局その話は企画倒れ・・・・。
演奏会では別の曲が演奏され、何事も無かったのように幕を閉じたのだった・・・。

定期演奏会
定期演奏会の写真。(中2の頃のですが・・・・)


しかし、演奏は出来なかったがこいつのおかげで読譜・書譜、管弦楽法等の知識がついた。
その後の高校の吹奏楽部(?)では9人しか部員がいなかったので、
これらをなんとかまとめあげようと奮闘したのでここでも更に知識がつき、
さらにこの辺りに入手したYAMAHA MU10でDTMも始め、
これでオーケストラを再現してやろう!と、今に至る。

何ともアホらしいきっかけなのだが、
脱出出来ない環境とDQに支えられたおかげでこれだけ力がついたと思っている。
色々と伸びるこの時期に、こういう貴重な体験が出来て良かった。

オススメできるやり方ではないけれど・・・。



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