DTMとの出会い




僕がそもそもDTMを始めたのは中学1年生の時に親に買ってもらった、
MIDI非対応のCASIOのキーボード(61鍵、タッチレスポンス機能無し)が始まりだった。

このキーボードには1トラックだけだが録音機能が付いており、
この録音機能を駆使して(?)、 リアルタイム録音で作成した伴奏に合わせながらDQの曲を弾いていた。

何曲かやっているうちに、DQ3の「勇者の挑戦」をやってみたいと思い、
CDに付いてきた譜面を見て伴奏を打ちこんで演奏しようと思ったのだが、
ふと譜面にある恐ろしい記号に気がついた・・・。
2/4・3/4・5/8!・・・・・・・。
2/4・3/4はなんとかなるのだが、5/8だけはどうもならないのだ。
リズムは無視してなんとか打ちこんだのだが、
奇数拍子の為に半拍ずれる為、やはり違和感があるのだ。
これはやはり無理だ!と半ば諦めてかけていた時、
なんと思わぬ情報が入ってきたのだ。(何年も後のことだが・・・)

吹奏楽部時代の友達から、
「今度SFCででる、かなでーるってのは、
変拍子も打てるし、8パートまで入力(8ポリ)できるよ!」

と、教えてもらった。
これはなんとも驚きの情報であった。

しかし発売が半年後ということだったので、
とりあえず音符が打てる「デザエモン」を購入。
2パート(2ポリ)16小節という過酷な環境でとりあえずその場を凌いでいた。

  さて、かなでーるの発売日。
早速買って「勇者の挑戦」を打ってみた。
多少違和感は有ったが、きちんと最後まで作ることが出来たのだ。
特にCodaのtutti部までキチンとつなげられたのは、
「忠実に再現したい」という僕のこの信念をようやく達成できたという、
何とも夢心地な気分であった。

しかしその後も何曲も打ちこんでいると、大きな壁にぶつかった。。

「変拍子を使うと上手くテンポを変えることができない」という点と、
「127小節までしかなく、しかも8パートフルに使うと60小節くらいしか打てない」
という点のの2点の問題が生じたのだ。
これはこのシーケンサーの機能なので打開策はない・・・・。

しかし他に続ける手段は無かったので、
めげずに「王宮のロンド」等の小編成曲を作り続けていた。

ここでの最大の傑作は、DQ4の「海図を広げて」だろう。
音色にはやはり難があるが、
あの壮大な曲をノーカットで最後まで作れたのは、本当に快挙だった。
この曲で、オーケストラの小規模アレンジの力がつき始めた。

そして1年くらいたったある日、
友人Kから、またとんでもない情報が入ってきたのだ。

「MU10を貸してあげるよ!」と・・・。
(無理矢理そっちに話を持っていったような気するが・・・・)

僕は高校1年の頃に、知り合いに組んでもらったキットPCを購入し、
その時すでにCubase Liteというシーケンスソフトを手に入れていたので、
すぐにDTMを始められる状態ではあったのだが、
音源が簡易的なFM音源(SoundBraster16)しかなく、
音色の悪さに気がひけて、やる気が起こらなかったのだ。

その後も、ソフトシンセ(YAMAHA S-YXG20)などの情報を得ていたのだが、
当時のうちのPCは486DX 166MHzという素敵な環境だった為、
もちろん動かすことは出来なかった・・・・。

外付けの「トーンジェネレータ」というものの存在も知っていたのだが、
当時の最高峰であったYAMAHA MU100は6〜7万もしていたので、
手の届くものではなかった・・・・。

そんな時になんとも嬉しい情報が入ってきて、 僕のDTM 環境と、DTM をやりたいという気持ちが大きく変化し始めたのであった。

  その後このMU10で、
「戦火を交えて〜不死身の敵に挑む」(DQ5)と
「死を賭して〜勇者の挑戦」(DQ2/3)と
「おおぞらをとぶ」(DQ3)と
「勇者の仲間たち」(DQ4)

等を作り、
ついでにその頃から始めたインターネットを利用して、
これらをパステルミディリンEternal Windに投稿して、
皆に聴いてもらうという機会を得た。

その後、友達からいつまでも借りているわけにはいかないので、
MU10は返して、大金を叩いてYAMAHA MU80のDTMパックを購入した。

しかしこの絶頂期に、とてつもない大事件が発生したのだ。

なんとPCご臨終!

WINDOWSを入れ直しても動作の鈍さは変わらず、
結局バイトをして一式買い揃えることになってしまった。
しかしそのおかげで486DX 166MHzからPentiumMMX200に変わり、更に最適な環境になり、
シーケンスソフトもCubase liteからCubasis Jへ。(大して変わらん・・・)
更にその年の夏にはノートPC(PentiumMMX200)とYAMAHA MU100Bを購入。

しかしその後またPCがおかしくなり、
大学に入る前あたりにCPU(K6-2 400MHz)・M/Bなどを交換。

MIDIもゆっくりとではあるが、進歩し始めた。

そして大学2年の夏、初めてYAMAHAのMIDIコンテストに、

「序曲のマーチVII」
「冒険の旅(吹奏楽アレンジ)」

の2曲を応募。

しかし1次予選通過ならず、B判定という結果に終わった。

この頃から少しコピーから離れ、少しづつ作曲や編曲を始める。

2001年の正月にYAMAHA MU500とETYMOTIC RESEARCH社のER-4Sというイヤフォンを購入。
シーケンスソフトもCubasis JからCubaseVST32にバージョンアップし、
新しい環境で、初の3ポート使用の曲を作り始める。

そして春、なんととある企業のネットゲームの音楽を担当させてもらうことが決まった。
そこでオリジナルを4曲ほどを提出し、初めて音楽の仕事をすることが出来た。

しかしまたPCがご臨終・・・・。
CPU(Pentium3 1GHz)・M/Bなどをまたまた交換。

そして今に至る。

この長い経験のおかげで最低限のPC知識に音楽知識など、さまざまな知識を得ることが出来た。

色々とこの間に環境が変化したが、
とりあえずこの「トーンジェネレータ」+シーケンスソフトだけの環境で、
どこまで音楽を表現できるかを追求していきたいと思う。
遠回りかもしれないが、確実に音楽的表現力は付いてきていると思う。
この環境で良いものを作れない人がいい機材を購入した所でいいものが作れる訳がないのだ。

この信念を崩さずに今後も音楽を楽しんでいこうと思う。



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